緩和ケア科紹介

2010年4月1日

緩和ケア科診療について

 近年における癌治療の進歩は目覚ましいものがあります。しかしながら、その中で不幸にも治癒せず亡くなってしまわれる方も多くみられます。現在このような患者さんのほとんどが、一般病棟で最期を迎えております。一般病棟では多種多様な患者さんが存在するため、そこで働くスタッフも、人生の最期を静かに看取る場としてふさわしい環境を提供することができない状態でした。このような現状を解決することを目的として、当院は平成17年5月9日に置賜地方では初となる(山形県内では2番目)緩和ケア病棟を開設しました。

 当院は緩和医療の基本理念として

  1. 全人的な痛みに対する理解
  2. 安心できるケアの提供
  3. 患者・家族の意志の尊重
  4. 死の過程への敬意

を掲げています。つまり緩和医療とは、以前の「ターミナルケア」のようながんに対する積極的治療を諦められた終末期から始められるものではなく、積極的な治療が行われているうちから並行してすすめられる医療と考えています。医師ばかりでなく看護師、薬剤師、栄養士、理学・作業療法士、医療相談担当者がコミュニケーションを十分に図り、痛みをはじめとする種々の症状をマネジメントし、患者さんやその御家族のQOL(生活の質)の向上に努めます。「がんという疾病そのものの苦しみ、そしてその治療の中で生じてくる様々な苦痛を緩和し、患者さんを支えていく」という役割をしっかり果たしていけるよう取り組んで行きたいと思います。

人生の最終段階における医療 -アドバンス・ケア・プランニング- 

 日本人の95%は“ぴんぴんころり”とは行かず、最期を迎えるまで平均10年間、何らかの疾病を抱え、あるいは障害を持ちながら人生を送ることになります。本来であれば、私たちは自分の人生あるいは受けるべき医療について自らが意思表示をすべきですが、日本人はこういうことがあまり得意ではありません。それでも現在、リビング・ウィル(Living Will: LW)とかエンディング・ノートを書く方も増えてきているようです。しかしせっかくLWを書いても、医療の現場においてこれが尊重されず、希望通りにならないことがあります。今年4月、日本臨床救急医学会が、「LWが救急の現場で提示されたとしても、救急隊員はそれに従わず、救命処置を開始する」という提言を発表しました。自分の望んだ平穏な死と程遠い最期を迎える患者がさらに増えてしまうことを危惧します。現代医療において、「個人の尊厳や寿命の尊重」と「必要な医療の担保」の両立を目指した『患者と家族の意思確認プロセスの確立』、『意思に寄り添って看取りを行う体制づくり』が求められています。では、患者の意思決定支援としてどのような手続きを踏めばよいのでしょうか? 

 患者個人の意思決定に際して医療者として心すべき要件を5つ・・・1.『患者にとって最善とは何か』を常に考えながら医療を行うこと:治療に伴う“利益”と“負担やリスク”を天秤にかけて最善の医療を心がけなければなりません。これは倫理的にも正しいことです。 2. 自分の人生また自分の受ける医療は『患者自身が決める』という原則を守ること:どこで、どのように、治療を受けるか、療養するか、最期を迎えるか?人工的水分・栄養補給を行うのか、それをいつまで続けるのか?蘇生処置・延命処置を受けるのか?これらを自律的に決めることが大切です。ただしその際、医学的検討、インフォームド・コンセントをしっかり行うことが必要です。 3. 『生命の二元性』について理解すること:生命には、「生物学的生命」と「物語られるいのち」とがあります。『物語られるいのち』とは人生・生き方・願望・価値などの個人的要素によって物語られる『個人の尊厳』であると考えます。「物語られるいのち」をないがしろにするような医療は行われるべきではありません。 4. 苦痛のメカニズムについて理解すること:苦痛症状は、臓器の異常から生まれてきます。しかしそればかりではなく、その人の精神的、社会的側面、あるいは人格、スピリチュアルな側面などの要因が絡み合い、これらが脳で処理され、最終的に症状として現れてくるわけです。従って、臓器異常の解決のみが治療とされるのは片手落ちで、がんの場合は、臓器異常を受け持つ腫瘍診療科と身体的苦痛のみならず、精神的・社会的・スピリチュアルな苦痛を解決する緩和ケア科が連携して一つの目標に向かうことが必要なのです。これこそが『全人的ケア』です。 5. 『医療の融合』と『チーム医療』:『全人的ケア』の実現に向けて、医療は各専門領域同士、学際的に融合すべきであります。日本では医療を医師の裁量にのみ任せがちですが、そうではなく、多くの専門家が連動するチーム医療に変わらなければなりません。

 これらの5つの要件を踏まえて、「将来の患者の意思決定能力の低下に備えて、予め患者・家族と話し合うプロセス」が『アドバンス・ケア・プランニング (ACP)』です。ACPでは、医療者は患者・家族の価値観を引き出し、また患者・家族と治療・ケアの目標を共有しながら、患者の意思決定から医療行為実施までの過程を支えます。ただし、このような意思決定プロセスには時間が必要です。このためACPはより早期から、できれば診断がついたときから始められるべきであると考えます。

 三友堂病院はすでにしっかりしたパーソン・センタード‐ケア、緩和ケアが行われている病院です。三友堂病院で行っているACPは、まず家族の思いや医療者からの情報を得ながら、患者自身がLWを書くことから始まります。医療ケアチームはLWによって患者の意向を確認し、各医療行為のメリットとデメリット、医学的妥当性と適切性を慎重に判断します。そしてチームの総意に基づき主治医は医療処置の指示書 (Physician Orders for Life Sustaining Treatment: POLST)を作成し、患者または代理意思決定者に対して、この指示書を提示して医療行為に関するインフォームド・コンセントを成立させます。この後、医療行為が行われていきます。

 ある認知症専門病院においてACPを実践した結果、医療スタッフからは「患者・家族・医療者のコミュニケーションの改善」、「患者の自律性の向上」、「患者の視点、個人の人生の視点に立った医療の実現」、「『人生の最終段階における医療』に対する認識の転換」、「倫理的妥当性、『その人にとっての最善は何か』を意識した医療の実践」に役立ったとの意見を得ました。そして、患者・家族からは「将来について、生命について、人生について、死について考え、今後どうしていくべきかを考えることができるようになった」、「自分らしく最後まで生きることの大切さを知った」、「他人に迷惑をかけずに死のうと思っても、現実的には困難であることを知った」、「苦痛のない最期を迎えることができてよかった」という声をいただきました。ACPの導入は、病院医療スタッフまた患者・家族に「人生の最終段階における医療」についての意識改革をもたらしたのです。

 ACPが全国に普及していけば、患者本位の病院が選ばれるようになり、療養の場の選択も変わり、また急性期・救急医療の現場での医療の選択のありようにも変化がもたらされるかもしれません。さらに高齢者社会が進む日本において、地域包括ケアの基盤としてACPが実践されることによって、地域で患者の意思を共有することができるようになり、その結果として、いつでも、どこでも患者の意思を尊重した医療ケアを展開できるコミュニティーが形作られるようになることが期待されます。

関係資料

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原稿&資料提供  三友堂病院緩和ケア科